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●スペイン、スペイン語圏そして日本
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スペイン語圏のラテンアメリカ同様にスペインと日本、またスペイン語と日本語は、ほかの国々や他の言語のように強い繋がりがないと思われがちですが、多くの関連があります。もちろん、そのうち強い繋がり、また逆に弱い関連性しかないものもありますが。あるものは歴史を遡って結びつきがあります。日本では誰もが長崎や出島におけるオランダの影響について知っていますが、それ以前に何が起きていたかご存知ですか?長崎港は、1567年オランダ人に開港される前、ポルトガル商人とともにスペイン商人にも知れ渡っていました。すなわち、日本人とスペイン人の交流はオランダ人と日本人のそれ以前に遡ります。
日本語とスペイン語は、文法や語源的にはかなり異なる言語ですが、その発音はそれほど難しくなく双方の言語でかなり共通なものがあります。ですから日本人やスペイン語圏の人にとって、お互いの言語の発音はかなり易しいです。日本人やスペイン語圏の人は、このほか生魚に関しても共通点があります。日本ではあまり知られていませんが、南アメリカでも生魚は一般的です。セビチェは、生魚やシーフードのマリネした南アメリカの有名は料理ですが、典型的な付け合せ料理で前菜として出されます。本当においしいです。
また、日本人移民の一部はほかのスペイン語圏ラテンアメリカ諸国へ流出したとはいえ、日本とスペイン語圏ラテンアメリカ、特に南アメリカとの間には相当数の人口の交流もありました。スペイン語圏のペルーやアルゼンチン、パラグアイ、ボリビアには日本からの移民やその子孫が多数います。ペルーのフジモリ前大統領は、おそらく日本人を祖先とする南アメリカの人で最も有名でしょう。より良い遺産を子孫に残せなかったのは実に残念なことです。また、南アメリカに移住した両親、祖父さらに曽祖父から何年もが経ち、その子孫やその縁者が日本へ出稼ぎに戻ってきました。現在では、南アメリカ人の活気あふれるコミュニティーが日本にあります。
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●スペインとラテンアメリカ、日本の関係
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1492年コロンブスによる新大陸発見に始まる大航海時代。以来、スペインのラテンアメリカ征服と約300年にわたる植民地時代の幕開けとなりましたが、この新大陸と旧大陸の出会いは両大陸に様々な影響を与えました。例えば、今では私達の食生活に欠かせないジャガイモやとうもろこし、トマト、また最近は肩身の狭い思いを強いられるタバコは新大陸からもたらされました。特にジャガイモはヨーロッパの食糧危機を救ったことで知られます。逆に、スペイン(ポルトガルも含め)からの移住とともに、穀物、家畜などの物質、技術、文化、宗教等が新大陸へされました。
当然、言語文化にもその影響は見受けられ、ラテンアメリカ33カ国のうち、スペインを旧宗主国とする18カ国で今日スペイン語が公用語とされています。尚、2つの大陸にまたがり使用されるスペイン語は、長い年月を経て独自に変化を遂げているため、特に語彙の点でスペインとラテンアメリカで話されるスペイン語の違いが顕著です。ラテンアメリカではスペインではすでに死語になっている言葉や用法が今でも使用されていたり、スペインからの移民の多くがエストレマドゥラ地方出身だったことから、この地方特有の表現の名残があるともいわれます。
ここ数年、スペインではエクアドルをはじめペルー、コロンビアなどラテンアメリカからの移民が激増したため、ラテンアメリカ特有の表現のうち、スペインで日常的に使われるようになるものもあるでしょう。
一方、16世紀中頃イエズス会の設立、宣教師がキリスト教の伝道活動を始める中、ポルトガル人が種子島に漂着。その後、スペイン・ナバラ地方出身の宣教師フランシスコ・ザビエルがスペイン人としては初めて日本へ到達し布教活動を始めました。いわゆる南蛮文化の到来は、鉄砲・火薬、航海術、宗教だけでなく、食文化、そして言語にも影響をもたらしました。ちなみに、シャボン、カルタ、タバコ、カステラ、オジヤ、ボーロなどスペイン・ポルトガル語起源の言葉も多数あります。(但し、ポルトガル語とスペイン語共通の言葉もあるためどちらの語源ともいえる言葉があります。)
また、日本からローマ法王やスペイン国王謁見のため2度の遣欧使節団が派遣されました。2度目の使節団がヨーロッパへ渡った後、日本ではキリスト教が禁止となり、使節団の中には日本に帰国せずスペインに残った信者がいます。セビリア郊外の村に、ハポンJAPON(スペイン語で日本を意味する)という苗字の人がいますが、このスペイン残留組の子孫といわれています。
さて、日本とラテンアメリカの関係はというと、19世紀末ペルーへの移住に始まり、ブラジル・メキシコを中心に第2次世界大戦まで移住が続きました。戦後は貿易活動中心にラテンアメリカとの関係は続いています。日本からの経済・技術援助もこれらの国にとって重要であり、それに伴い文化交流も拡大しました。さらに80年代以降経済の最盛期、日系人の日本への出稼ぎが増加し、ラテンアメリカとの関係も多様化しています。
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●スペイン
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ピレネーの向こうはアフリカ...その昔、そういったのは誰だったのでしょうか。フランスとスペイン国境にそびえるピレネー山脈の向こうのイベリア半島と、その南、ジブラルタル海峡をはさんだ対岸の北アフリカまではたったの14Km。また、数世紀にわたるイスラム勢力による支配から、アラブ世界の影響が残るスペインをそう呼んだのも無理ありません。現在は、EU諸国でも重要な地位を得るに至りました。
さて、東西の文化の交差点であったイベリア半島、文化と人の交流が何世紀も前から繰り広げられ、さらにアメリカ大陸への到達、植民地化の歴史を経て、スペインは独特の地中海文化を作り上げました。スペインはこのイベリア半島の大半を占めるほか、北アフリカのセウタ
・ メリーリャもスペインに属します。また、ヨーロッパ人のリゾートでもあるバレアレス諸島 ( スペイン本土、東に位置する。有名人が別荘をもつマヨルカ島やイビサ島、メノルカ島からなる )、カーニバルで有名なカナリア諸島
( 北アフリカの大西洋岸 ) も含まれます。
イベリア半島は、北と南では景色も大きく変わり人柄も土地同様違います。気候による影響もあるかと思いますが、一般に北の人は閉鎖的、南は陽気といわれます。しかし、概してスペイン人は親切でフレンドリーです。かの有名なシエスタは、現代生活ではほとんど失われているのが現状です。但し、遅めの食事時間は頑なに(?)守られています。
SOL Y PLAYA-太陽とビーチ。この2つを武器に、スペインは観光に力を入れてきました。現に観光が重要な産業収入のひとつです。太陽とビーチを求め、ヨーロッパ諸国から年間を通じ多くの観光客を迎えます。一方、日本から見たスペインは、きっとフラメンコと闘牛の国というイメージでしょう。近年、この「
太陽とビーチ
」というリゾート型観光地からの脱皮を図っています。イベリア半島内陸や北部にも、決して近隣諸国に劣らない風光明媚な場所が多く、スペイン人からも田舎への観光が見直され、ちょっとしたブームとなっています。また、イベリア半島北西の端、サンチアゴ・デ・コンポステラの大聖堂へ参拝するための巡礼の道も、今では観光のひとつといえるでしょう。とはいえ、昔ながらの敬虔な巡礼者もいることをお忘れなく。
スペインは100年に一度天才を輩出するとも言われます。文学界のセルバンテンス、画家のピカソやダリ、建築家ガウディなど誰もが知っていることでしょう。ところで、最近はスペイン映画も海外からの注目度が高まっています。次の天才は映画界から生まれるのでしょうか。
スペインを語るうえで、お祭りフィエスタを忘れてはいけません。ヘミングウェーの小説にも出てくる牛追い祭り(パンプローナのサン・フェルミンが最も有名)、火祭り(バレンシア)、フェリア(セビリアをはじめとするアンダルシア地方の各地)、カーニバルや聖週間の行列(スペイン各地)など見所がたくさんあります。最後に、来年2006年は日本・スペイン史における最も重要な人物、イエズス会宣教師 フランシスコ・ザビエルの生誕600年でした。また、2007年には豪華なヨットレース、アメリカズ・カップがバレンシアで開催されます。この機会にスペインを訪れてはいかが?
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