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南アメリカのスペイン語圏は、ベネズエラ、コロンビア、エクアドル、ペルー、ボリビア、ウルグアイ、パラグアイ、アルゼンチン、そしてチリで構成されます。ブラジルはポルトガル語圏、そしてフランス領ガイアナはフランス語圏です。ガイアナはイギリス領ガイヤナとして知られますが、イギリス植民地だった歴史から英語が話されています。スリナムは、かつてはドイツ領ギアナとして知られ、その植民地の歴史からドイツ語が使われています。ここでは、南アメリカでスペイン語を話す国についてのみ述べることにしましょう。
南アメリカは、熱帯雨林とジャングルのアマゾン帝国から、山々、川、海岸や湖にいたるまで魅力あふれる素晴らしい大陸です。私たちは南アメリカというと、たいていは氷河やフィヨルド、砂丘は思い浮かびません。けれど、南アメリカにはこれらすべてが備わっています。南アメリカは、文化、言語、そして有名な海岸に隣するアンデス山脈を特徴とする西海岸沿い、およびジャングルや熱帯雨林地帯の人々が見事に溶けあっています。
南アメリカを旅行するベストシーズンは2月・3月、つまり南半球の夏期です。首都、主な都市や国々を結んだ飛行機での移動は確かに一番便利な方法ですが、南アメリカのほとんどはバス、列車または船でも旅が楽しめ、実に美しい景色が楽しめます。飛行機での旅は速くて快適ですが、旅行者が失うものも多いです。
南アメリカには、お金や常識のある人なら行かないような場所がいくつかあります。輝く道(Sendero Luminoso)の勢力が強いペルーの村は避けるべきでしょう。また、ダリエン地峡のような麻薬王に支配されるコロンビアの未開地も同様です。歴史的にこの地点、コロンビアのダリエン地峡を通り抜け、旅をするのは、向こう見ずか無知、または極端なほど全手段を尽くし護衛されている人にちがいありません。ここがコロンビアが中央アメリカと連絡する接点で、ほとんど道のない沼地とジャングルばかりです。パン・アメリカン ハイウェイは、ここを通過する構想ですがまだ実現していません。ラテンアメリカを陸伝いに旅する大胆な旅行者の多くは、ダリエン地峡を避けるため、中央アメリカからコロンビアのバランキリャ港まで船旅をします。
ベネズエラ
多くのラテン・アメリカ諸国同様、ベネズエラは美しさと輝きのある国です。経済的には、ベネズエラは石油、金やダイヤモンドにより豊かな国ですが、資源は有効に運用されず、人々にいきわたっていません。さて、ベネズエラでは世界最大落差を誇る“天使の滝”を見ることができます。ベネズエラの偉大な政治家、シモンボリバルの名は、べネズエラ中いたるところで目にすることでしょう。ボリバルは、ベネズエラ、エクアドルやほかの南アメリカの国をスペインの支配から解放した兵士でもありました。
ベネズエラの家庭、企業や政府の事務所を訪れたらcafecitoカフェシトを出してくれるでしょう。スペイン語で「小さなコーヒー」を意味し、とても小さなカップに濃いブラックコーヒーが注がれます。これはベネズエラ人の厚いもてなしとフレンドシップの証です。また、コーヒーがとても一般的とはいえ、ホットチョコレートもほぼ同様に人気があります。スペイン語が公用語ですが、多くの人が英語を話します。またベネズエラにはポルトガル語の影響もかなりあります。このスペイン語圏の国、特にカラカスでポルトガル語を耳にしてもびっくりしないでください。ベネズエラは、南アメリカで最も都会的で洗練されています。
ほぼ全てのベネズエラ人はスペイン語を話しますが、奥地に住む部族が使う25の原住民言語があります。ベネズエラの最も際たった文化は、ヨーロッパ、アフリカ、そして部族のリズムが融合した音楽でしょう。Comida criollaクリオール料理というベネズエラの軽食や料理は、主にパンケーキ、鶏肉、豚肉や牛肉、スープ、そしてシチューからなります。ちょうど日本のレストランにあるセットメニューのように、ベネズエラでもmenu
del diaメヌー・デル・ディアといって、スープとメインコースのお得なセット料理を出しています。Pabellon criolloパベリョン・クリオリョはベネズエラの国民的料理で、細切の牛肉と、ご飯、ビーンズ、チーズ、揚げたバナナの料理です。ラテンアメリカというと、お米は思いつかないかもしれませんが、この地域の多くの国で、ごはんやビーンズは基本的食材です。
コロンビア
コロンビアは大きな問題を抱えているとはいえ、美しい国です。首都ボゴタは高地にあり、これほどの標高に呼吸が慣れるまで1・2日かかります。コロンビアはエメラルドの大産出国で、コロンビア産エメラルドは世界で最も完成度が高いことで知られます。ほかのラテンアメリカ諸国のようにスケジュールはあまり重要視されず、都市部では約束に遅れがち、田舎ではかなり時間にルーズになってしまいます。コロンビアは、誘拐、暴力、殺人の問題がある一方、多くのコロンビア人は世界で最もフレンドリーな国民であり、訪れる人々を素晴らしいくもてなしてくれます。もちろん、コロンビアは国が抱える諸問題に大変憂慮していて、解決方法を探しています。
日本同様、お米が主食で国の代表的料理はチキンのライス添えです。コロンビアはまたたくさんの地方料理があります。Ajiacoアヒアコは鶏肉とジャガイモのスープ、hormiga culona オルミガ・クバナはサンタンデールの珍しい料理で、蟻のフライ料理、lechonaレチョナはトリマの名物で子豚を丸ごと使い、お米と乾燥豆を詰め、串に刺し丸焼きにします。
コロンビアは、インディオ、スペインそしてアフリカ起源やその伝統に基づいた文化をはじめ、民族伝承、アート、工芸品があります。この組合せは、現代技術に伝統的デザインを融合したほかでは見られないおもしろい文化を生みました。またコロンビアの音楽は、カリビアンミュージックのアフリカ調リズム、キューバのサルサ、スペインの影響が強いアンデス音楽を取り入れています。
また、コロンビアの紹介には偉大な作家ガブリエル・ガルシア・マルケス(不思議な魅力をもつリアリズムで知られる)を語らずにはいられません。この作家は、読者に現実と不思議な魅力がどこで重なるか明確にすることをさけ、神話、夢そして現実を一緒に小説に織り込みます。読書好きでコロンビアに興味があるなら、彼の本は魅力あふれる読み物になるでしょう。特に『百年の孤独』をおすすめします。スペイン語のオリジナルはもちろん、日本語訳も賞賛に値し、コロンビアの魅力に誘ってくれます。
エクアドル
エクアドルは、誰が見てもそれ程大きな国ではなく、海岸、山、そして、ジャングルなど、ほぼあらゆるものが国境周辺に集中ています。ここは標高が高いので、ピラニヤに襲われる心配をせず泳ぐことができます。美しいたそがれ時、ピチノ火山は首都キトにシルエットを映し出してくれます。首都はスペイン植民地時代の面影を多くとどめた大変美しい街です。エクアドルはその名の通り、赤道に位置し、キトから赤道まではバスで簡単に行くことができます。あまり見るものはありませんが、北半球と南半球上に同時に立つことができます。エクアドルについて手短に語るとき、忘れてはならないのがチャールズ・ダーウィンが有名にした島、ガラパゴス諸島です。
エクアドルの先コロンブス時代の人々は、陶器、彫刻、金・銀細工に秀でていました。スペイン人は、インディオの芸術家たちに植民地の宗教芸術を作るよう指導しました。それらの作品は多くの教会や博物館で見ることができます。17・18世紀のキト派は2つの影響を取り入れていますが、独立後は形式主義に取って代わり、革命の英雄や裕福な階級の人々のようなテーマを好んで扱うようになりました。
エクアドルでは、家はたいていシンプルかつエレガントで、中庭を囲んだベランダのある白塗り、教会は美しいコロニアル建築です。伝統的なアンデス音楽は、とりわけ心に残る音色です。一度聴いたら、まさにこの意味がわかるでしょう。まだ聴いたことがなければ、ぜひおすすめします。竹筒の笛やフルートを含む、吹奏楽器や打楽器がこのサウンドの基本を成します。
スペイン語は主な言語ですが、高地インディオはケチュア語を好んで使い、スペイン語は第2言語として話されす。
エクアドルの食べ物は、スープやシチュー、とうもろこしのパンケーキ、ご飯、卵や野菜が中心です。どの場所も海から遠くないため、国中どこでもおいしいシーフードが味わえます。セビチェcevicheは、エクアドル中で好まれています。この料理はレモンでマリネした生魚をポップコーンと玉ねぎでいただきます。ちょっと変わった料理のようですが美味です。またこの他、地方特有の料理はカルド・デ・パタス
caldo de patasという牛のひづめから採ったスープ、てんじくねずみのロースト料理クイ cuyや子豚の丸焼きレチョン lechón があります。子豚料理は、ラテンアメリカで一般的です。
ペルー
ペルーは、インカ帝国の失われた街マチュピチュで最もよく知られています。失われたといっても、実際、恐らく街は一度も失われたことはないでしょう。傍らにいたインディオは、常にそこに存在していたことを知っているはずです。ペルーに行くならこれは必見。但し、標高2400メーター以上の高地に慣れるための時間も必要です。旧インカ帝国の首都チュスコに行ったら、さらに3300メートル以上の標高に慣れるためもっと時間がかかるでしょう。ペルーは、呼吸困難になった乗客に酸素吸入してくれる列車がある唯一の国にちがいありません。さて、ペルーは考古学分野にぴったりの国です。神秘的なナスカの地上絵は、上空からのみ見ることができる姿が描かれています。誰が、そしてなぜこれを作り上げたのでしょうか?私たちは決してこの謎を解くことができませんが、誰かが論じるように異星人というの説は疑わしいです。ペルーは古代遺跡だけではありません。巨大な市場、リャマ、アルパカ、アマゾンへの小旅行、また吹き矢を操るインディオなども見所です。
ペルー文学は、独立感化の読み物から多くの詩に表現される強烈な個人主義、国際的知名度の高い作家マリオ・バルガル・リョサの作品にいたるまで、全て世界中で有名です。彼の小説は、しばしばペルー社会、政治、文化に深く入りこんでいます。彼の小説の処女作『都会と犬ども』は、公衆で焚書にされました。ペルー陸軍士官学校での日常の暴露を扱った作品ですが、当時のペルーは、このような主題に対し容認ができませんでした。バルガス・リョサの作品は大変難解です。複数のプロットや時代順の変更、フラッシュバックといった手法を用います。
スペイン植民地化以前の芸術は、質の高い陶器、金属細工、石工芸や織物です。スペインが絵画や独自のきっちり左右対称な建築様式を取り入れた結果、ヨーロッパの芸術スタイルはますますインディオの影響を帯びるようになり、メスティソとして知られる様式になりました。また、スペイン人の到達で、当初、絵画はヨーロッパの影響を模倣し始めました。その後、地元アーティストは独自の芸術手法を展開するようになり、新たに独創的なクスコ様式が誕生しました。この様式のアーチストは、目に見える現実世界から視線をそらし、おとぎ話や寓話を中心に題材を得ます。画家ポール・ゴーギャンの作品を見てください。これらのアイディアをどこで得たと思いますか?彼が幼児期をリマで過ごしたのをご存知ですか?
他の国同様、典型的なペルー料理は地方ごとに異なった特色があります。インカの珍味、てんじくねずみの丸焼きは高地地帯で味見できます。まだ食べたことがなかったら、ゲテモノ呼ばわりしないで下さい。他にもこんな料理があります。ロモ・サルタドlomo
saltadoは玉ねぎと炒めた細切れのステーキ、セビチェ・デ・コルビナcebiche de corvinaは
レモン、唐辛子と玉ねぎでマリネしたスズキで、ゆでたジャガイモやヤム芋を付け合わせにして冷たい料理として召し上がります。またクリオール風スープは牛肉、卵、牛乳と野菜のスパイ風味のヌードルスープです。
ボリビア
ボリビアは、標高約3657メートルの世界で最も高い海抜に首都がある国です。標高に慣れるまではゆっくり行動するのが一番です。ボリビアは、世界で最も高いところにある航行可能な湖、チチカカ湖 (ボリビアとペルーの国境に位置する)で有名です。ボリビアはまたインディオの人々や市場でも知られます。
ボリビアには地方音楽の伝統があります。これは荒涼としたアルティプラノ高地から生まれる、心に残る哀愁をおびたメロディーのアンデス音楽です。暖かいタリハの音楽は、ユニークな楽器を使い、もっと陽気にエネルギーあふれる音調です。大衆文化で特別な位置づけをされたクエカ、アウキ・アウキ、ティンクのようなダンスもあります。紡績や機織りを含むその他の民俗文化は、地方の特色を打ち出していますが、この3000年の間に徐々に変化してきました。
スペイン語が公用語とはいえ、わずか60から70パーセントの人が実際にスペイン語を話し、しばしば第2言語としてのみ使われます。ブラジル以外の全ラテンアメリカ諸国で皆がスペイン語を話すというイメージがありますが、イギリス、フランス、ドイツの旧植民地があったことは忘れがちで、インディオの言語にいたってはめったに思いが及びません。しかしスペイン人が到達して以来500年以上を経た今も、インディオの言語が普通に話されています。ボリビアの残りの人々はケチュア語を話します。これはインカ帝国またはアイマラの言語で、アルティプラノ高地の先インカ言語でした。
ボリビアの人口約95パーセントはローマ派カトリック教徒を名乗りますが、農村地帯ではほんのわずかな司祭しかいません。これは、インカやアイマラ信仰とキリスト教の統合を招きました。このキリスト教・民間信仰の複合宗教は、教義、祭式そして迷信の集大成です。これは、ある意味では家庭に仏壇があり新年に初詣にいく日本人のクリスチャンとは大きく異なりますが、その一方では似たようなところもあります。
ボリビア料理は、ご飯やジャガイモ、千切りのレタスを付け合わせにした多くの肉料理があります。リアフアllajhuaというトマトと唐辛子からできた辛いスパイスは、時折、ソースに加えたり料理の味付けに使われます。ボリビアのビール、ワイン、またチチャという蒸留酒はおいしいのですが、注意が必要です。チチャは、今でも女性が液を口に含んで噛んだ後、吐き出すという古い製法で作られることがあります。こうして酒を発酵させるのですが、念のため飲む前に知っておいてください。
ウルグアイ
ウルグアイは、南アメリカ諸国中、あまり知名度が高くありません。南米で一番小さな国ですが、重要な牛肉市場があります。このあたりから南米がカウボーイの国らしくなり始めます。南アメリカは、馬乗りというとイメージが浮かばないかもしれませんが、南米大陸南部のいくつかの国には主要な牛肉市場があり、牛肉の消費量も多く、カウボーイ文化が根を下ろしています。ところで、これまでのことろ、狂牛病は発生していないか、人々はニュースを知らされていないかのどちらかです。
ウルグアイ人は大の牛肉好きで、牛肉の網焼きパリリャダparrilladaは、チビートchivito(大きなステーキサンドイッチ。付け合せは何でもあります)と同様、国民的料理です。ステーキが食べたいけれど狂牛病が心配なら、ここはきっと訪ねてみたい国でしょう。ウルグアイは、完璧なほど理想的気候の場所にあります。また500km近くにわたる砂浜があります。プンタ・デル・エステは半島で最も人気のビーチリゾートのひとつです。半島は手のひらを開いたように海に向かって伸びています。プンタ・デル・エステはあざらしのほか、峡谷がある島々、未開発ですが安全なビーチ、また港もあります。
ウルグアイは、インディオの影響があまり受けていず、南アメリカがよりヨーロッパ風になる境目のような場所です。人口の85から95パーセントは、スペイン人またはイタリア人が祖先です。これはウルグアイの社会政策に影響を与えているようで、その社会主義傾倒から一人当たりの社会事業への出費がラテンアメリカは勿論、もしかしたら世界中で最も多いかもしれません。ウルグアイは、南アメリカのスカンジナビアに匹敵すると考えてください。
パラグアイ
パラグアイは南アメリカの陸に囲まれた国で、人口の95パーセントがスペイン人とグアラニーインディオを祖先とする人種的に最も統一性のある国です。グアラニー語もスペイン語も公用語です。グアラニー語は郊外や都会のどこでも耳にすることでしょう。グアラニーインディアンは、パラグアイの歴史や文化で大変な支配力をもっています。
さて、パラグアイの音楽はかなり難解です。人口の大部分は今でもグアラニー語を話す一方、音楽の起源はヨーロッパです。ブラックミュージックやブラジル、アルゼンチンの影響が微塵もないか、あったとしてもほんのわずかです。ギターやハープが一般的で、またパラグアイの歌はたいていスローで哀愁をおびています。ポルカやボトルダンスのような踊りは、はるかに陽気です。ボトルダンスは、頭の上につぼを乗せ回りながら踊ります。
パラグアイは政治的理由から観光を閉鎖していたため、かつて南アメリカの空白地帯として知られていました。独裁者ストロエスネール将軍が35年にわたり権力を握り、拷問、殺人、不正選挙を行って国を支配していました。1989年失脚後に政権についた政府は、彼の最も抑制的政策の多くを排除し、今ではもっと自由で開かれた国になりました。一部の政府の建物の写真撮影は、以前は死刑に処されました。但し、観光の不在のおかげで、国の広範囲にわたってまだ自然が残っています。
パラグアイは西にグラン・チャコ大平原が広がり、エコロジストや自然研究家に有意義な経験を与えてくれます。街はコロニアル建築が残る昔の面影があり、グアラニーの伝統はいまだに強いです。広大なチャコは多くの野生動物が生息する南アメリカの壮大な野生地帯のひとつです。
パラグアイ人のほとんどは、パラグアイ川の西側に住んでいまが、ここは雨が降ると蒸し暑くなります。また、ブラジルとアルゼンチンの国境を流れるパラナ川に通じ、亜熱帯森林がある小高い草原があります。美しい国で一度は訪れたい国です。
チリ
チリは南アメリカ西海岸に位置する、さやいんげんのように細長い国です。チリは北にアタカマ砂漠がありますが、これは世界で最も乾燥した砂漠です。また南下すると、氷河、フィヨルド、氷山やペンギンが見られます。チリはまさに自然の美しさとパワーを見せてくれます。間欠温泉、山や海岸、森林や火山があり、アドベンチャー三昧の数年が過ごせるほどです。きれいなビーチやアンデスの高地とともに、アドベンチャースポーツを楽しめる機会もあるため、たいていの旅行者はチリに行きます。ピアズ・ポール・リードの「生存者
アンデス山中の70日」を読んだことがある人は、チリのアンデス山脈の危険性について語ることができるにちがいありません。これは、彼のラグビーチームがウルグアイからチリへの帰途、飛行機がアンデス山脈にどのように不時着し、そのうちの幾人がどうやって生き残り帰国できたか、というストーリーです。心臓が弱い人向けの話ではありません。
このスペイン語圏の国は、南アメリカで最もヨーロッパ風なコミュニティーを形成しますが、アンデス山脈のふもとの丘や南部の平原に原住民の伝統が息づいています。チリの公用語はスペイン語ですが、ラパヌイ語(イースター島の言語)を含むその他言語も話されます。イースター島はチリ領で、暇とお金のある旅行者にとって必見です。イースター島はまた、私たちが環境について忘れ資源を全て破壊している間、何が起きているか教えてくれます。これはイースター島民がその昔犯した過ちで、島民のほとんどはそれにより亡くなりました。
チリはワインの生産で有名で、チリ産ワインは数年にわたり改良を重ねてきています。今日、チリのワインは優れた名声を得ています。チリを訪れるか否かにかかわらず、ぜひ一度お試しあれ。
アルゼンチン
アルゼンチンは南アメリカで第2の大きさを誇る国です。他の南米諸国のように、多彩な景色と常夏の北から凍てつく南まで、変化に富んだ気候の国です。もし1万ドル持っていて地球上の全大陸を見てみたいなら、ここが荒れた海を渡って南極大陸に向かう出発地点です。
ヨーロッパの影響は、アルゼンチンや、その芸術、文学、ライフスタイルに大変強いのですが、いまだに自国の独創的アイデンティティーを保っています。世界的に有名なホルヘルイス・ボルヘスのようなアルゼンチン作家たちは、この国を世界の舞台に押し上げるのを助けました。アルゼンチンはまた、タンゴやサッカー選手のマラドーナ、アルゼンチン人が話すスペイン語の特徴でもよく知られています。
アルゼンチン大衆文化で最も知名度が高いのはタンゴ ー世界中のロマンチックな人々の想像力をとらえた踊り ーでしょう。タンゴは、ここであえて紹介するまでもないでしょう。
スペイン語が公用語ですが、移民たちが自らのアイデンティティーの一部とし、母国語を保持した移民共同体があります。イタリア語は広範囲で理解されますが、これはこの国最大移民グループの影響の現れです。またケチュア・マチュピチュ、グアラニ、トバ、マタコの言語を含む、17の先住民言語があります。
肉がアルゼンチンの食生活の中心ですが、ここでいう肉は牛肉を意味します。ミックスグリルは、スペイン語でパリリャダparrilladaですが、とてもポピュラーです。内臓や腸、乳房も含めた牛の各部分も食用に利用されます。牛肉好きではなくても心配いりません。ジャガイモから作られたパスタ、ニョッキのようなイタリア料理もあります。また、アルゼンチンのアイスクリームがおいしいのはイタリアの影響によります。
日本では、緑茶を一緒に頂くことは、単なる飲み物である以上で、ひとつの儀式でもあります。アルゼンチンで、パラグアイのお茶、マテ茶を一緒に飲むのは飲み物というより儀式です。誰かにマテ茶を勧められたら、それは仲間への受け入れを示す特別な表現です。葉はヒイラギ科の植物、丹念に作り上げられたます。人々は、このお茶を同じひょうたん型の器で回し飲みをし分かち合います。ですから、アルゼンチンへ行ってマテ茶を出されたら、彼らに受け入れられたということがわかるでしょう。
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